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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)632号 判決

控訴代理人は本訴につき「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し別紙<省略>第一目録記載の物件中(一)乃至(六)及び同第二目録記載の物件中(一)(二)の各物件を引渡し且つ昭和二十二年十月七日より昭和二十三年十月十日まで一箇月金二千二百四円五十八銭、同年十月十一日より昭和二十四年五月三十一日まで一箇月金五千五百十二円四十五銭、同年六月一日より昭和二十五年七月三十一日まで一箇月金八千八百十九円九十二銭、同年八月一日より右各物件引渡済に至るまで一箇月金二万一千百六十七円八十銭の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、反訴につき「原判決を取消す。被控訴人の反訴請求を棄却する。反訴費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は本訴及び反訴につき控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、原判決事実摘示中に第二目録記載の物件の賃貸時期について、昭和二十一年五月一日とあるを昭和二十一年二月中と訂正する。仮りに本件賃貸借の解約申入についてあらかじめ被控訴人に対し右解約によつて生ずる損害を賠償すべきものとしても、被控訴人主張の損害額は否認する。右損害額は機械の輸送費金二万一千円、機械据付費金三万二千円、基礎工事費金三万六千円、休業のため得べかりし利益の喪失金一万一千円合計金十万円に過ぎない。しかるに控訴人は被控訴人に対し昭和二十二年十月七日より昭和二十三年十月十日まで金二万六千七百四十八円八十八銭、同年十月十一日より昭和二十四年五月三十一日まで金四万二千二百六十一円九十五銭、同年六月一日より昭和二十五年七月三十一日まで金十二万三千四百七十八円八十八銭、同年八月一日より昭和二十六年四月三十日まで金十九万六百円二十銭、合計金三十八万四千八十七円三十八銭、及び昭和二十六年五月一日以降一箇月金二万一千百十七円の賃料相当の損害金債権を有するから、前記債務とその対当額において相殺するため昭和二十六年九月三日の本件口頭弁論期日において相殺の意思表示をした。これによつて被控訴人の解約による損害は賠償せられたこととなるから、本件解約の申入は正当である。仮りに右解約の申入がその効力なく、本件賃貸借契約が継続しているものとすれば、被控訴人は昭和二十二年十月七日以降前記損害金と同額の賃料を支払わなければならない筋合であるのに、これが支払を延滞している。しかも右賃貸借には被控訴人において賃料の支払を怠つたときは、控訴人は何らの催告を用いず、ただちに契約を解除することができる旨の特約があるのであるから、控訴人は昭和二十六年九月三日の本件口頭弁論期日において被控訴人に対し、右賃料の延滞を理由として賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。さすればこれによつて本件賃貸借契約は、解除せられたものというべきであるから、控訴人は被控訴人に対し控訴の趣旨記載のとおりの物件の引渡並びに賃料及び賃料相当の損害金の支払を求める、と述べ、被控訴代理人において、第二目録記載の物件の賃貸時期についての控訴人の右主張事実を否認する。控訴人の相殺の主張について右は民事訴訟法第二百三十二条または同法第百三十九条に該当し、時機に後れて提出されたもので、しかも訴訟の完結を遅延させるものであるからこれが却下の決定を求める。なお右主張事実について、仮りに控訴人主張のように本件賃料が物価庁告示によつて改訂せらるべきものであるとしても、右告示による修正率は最高家賃額を算出するためのものであつて、具体的契約による賃料の値上率とは必ずしも一致するものではない。したがつて控訴人の相殺に供する賃料債権は未確定のものというべく、未確定の債権を自働債権としてなす相殺の無効であることはいうまでもない。しかも被控訴人の受働債権も確定していない。また本件賃貸借契約にあつては、控訴人が被控訴人の被るべき損害を提供することによつてはじめて解約権を取得するものであるから、被控訴人の受働債権は相殺に親まざる債権である。いずれにしても控訴人の相殺の意思表示は、無効たるを免かれない。次に賃料の延滞を理由とする契約解除の主張について、控訴人は原審以来一貫して、解約の申入によつて本件賃貸借契約が解除されたことを理由としてその請求を維持して来たのであるが、訴提起後四年を経過せる今日になつて新たにこのような攻撃方法を提出することは、民事訴訟法第百三十九条に該当し、訴訟の完結を遅延させるものであるからこれが却下の決定を求める。なお控訴人の右主張事実について、被控訴人は昭和二十二年九月分までの賃料の支払を了し、翌十月分の賃料を提供したところ、控訴人は賃料の値上を要求し、被控訴人との意見が合致しないため、被控訴人からの賃料の受領を拒絶し、爾後賃料を受領しない旨言明したのであるから、被控訴人において賃料の支払をしなくとも遅滞の責はない。控訴人は四年の長い期間物価庁告示にもとずく値上を一方的に要求していることからしても、被控訴人が契約上の確定賃料金千円を提供するも、これが受領を拒絶することは明瞭であるから、このような場合には被控訴人は、引続き賃料を提供すべき義務はない。したがつて被控訴人には賃料債務の履行遅滞がないものであるから、控訴人の右契約解除の主張は理由がない。なお被控訴人が本件賃貸借の解約によつて被る損害額(昭和二十七年三月末日現在の見積額)は、別紙第三目録記載のとおり合計金二百万円である、と述べた外、いずれも原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

第一、本訴請求について、

控訴人と被控訴人との間に、昭和二十年五月十五日控訴人を賃貸人、被控訴人を賃借人として、別紙第一目録記載の物件(但し(十一)の宅地を除く)について、賃料一箇月金八百円の約定で、期間の定なく賃貸借契約が成立し(以下第一契約という)、次いで昭和二十一年中同第二目録記載の物件について、賃料一箇月金二百円の約定にて賃貸借契約が成立し(以下第二契約という)、その頃控訴人より被控訴人に対し右各物件((十一)の宅地を含む)の引渡のあつたこと、控訴人が昭和二十二年四月六日被控訴人に対し、前記各賃貸借について解約の申入をしたことは、いずれも当事者間に争がない。

控訴人は、右第一及び第二契約は各別個の契約であつて、第一契約における右第一目録記載(十一)の宅地は、同目録記載の建物の敷地として右建物の賃貸借の継続する間使用することを許容したに過ぎず、第二契約は昭和二十一年二月中に成立したものであつて、その目的である第二目録記載の物件は、控訴人において入用の際は何時でも返還を受けえられる約定である旨主張し、被控訴人は第一契約には前記第一目録記載の(十一)の宅地もその目的物件中に包含せられており、第一及び第二契約は一体として、建物の所有を目的とする土地の賃借権の期間に関する借地法第二条の適用によつて、その期間は第一契約の成立の日から三十年である旨主張するについて按ずるに、成立に争のない甲第一号証及び乙第一号証によれば右甲乙各号の契約書(同一内容)の標題はいずれも「建物賃貸借契約書」となつている事実、原審並びに当審における控訴人及び被控訴人各本人の供述(原審は第一、二回、以上各供述の一部)、右被控訴人の供述によつてその成立の認められる乙第二号証(但し契約開始期日の部分を除く)によれば同号の契約書の標題は「工場及機械追加契約書」となつている事実を綜合すれば、右第一契約は被控訴人が控訴人所有の既設工場を使用して軍需品の製造業(鉄工業)を経営する目的をもつて締結せられたものであつて、第一目録記載の(十一)の宅地は単に同目録記載の建物の敷地として同建物についての賃貸借の継続する間被控訴人において使用することができるとの趣旨で表示せられたものであつて、独立して賃貸借の目的となつたものでないことが認められるから、右第一契約は土地の賃借権の期間に関する借地法第二条の規定の適用がないものというべきであり、また第二契約は第一契約の追加契約として昭和二十一年二月中に締結せられたものであつて、第一契約に附加されて一体をなすものと解せられるから、その賃貸借期間についても別段の契約のあつたことの認められない本件においては、第一契約の期間の定にしたがうべきものといわなければならない。右認定に牴触する原審証人池田権次郎の証言、前掲控訴人及び被控訴人各本人の供述部分はこれを措信しがたく、前掲乙第二号証には契約開始期日昭和二十一年五月一日と記載されているけれども、成立に争のない乙第八号証、前掲控訴本人の供述に徴すれば、同証は被控訴人において、契約成立後程経て作成したものであつて、右日附の記載は事実に反するものと認めるから同証中この記載部分はこれを採用しない。他に前段認定を左右するに足りる証拠はない。

被控訴人は、本件賃貸借契約においては、控訴人が解約権を行使する場合には、解約によつて被控訴人の被る損害をあらかじめ賠償すべきことの特約があり、被控訴人が本件工場を明渡すについては、金二百万円の損害を被るから、控訴人はその損害を支払うことなくして解約権を行使することはできない旨抗争するについて按ずるに、前掲甲第一号証及び乙第一号証、前掲被控訴本人の供述(原審第一、二回)を綜合すれば、被控訴人が控訴人から前記第一目録記載の物件を賃借して鉄工業を開始するについては右建物の改造及び修理、機械の据付等に多額の費用を要するので、控訴人の一方的事由によつて賃貸借契約を解除せられるにおいては、多大の損害を被るべきことを慮り、第一契約を締結するに当り、控訴人において右契約を解約する場合は、被控訴人に対し該建物の明渡によつて被る損害を賠償することの特約をなしたことが認められる。右認定に牴触する前掲控訴本人の供述部分は、これを措信しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠がない。さすれば控訴人において本件賃貸借の解約申入をなすには、被控訴人が右建物の明渡によつて被る損害を賠償するか、少くとも損害賠償の提供をなすべきであるにかかわらず、これをなすことなくしてなした控訴人の本件解約の申入は、その効力を生じないものといわなければならない。

次に控訴人主張の相殺の抗弁が時機に後れた防禦方法であるか否かについて按ずるに、控訴人主張のとおりであるとすれば、控訴人は被控訴人に対し昭和二十二年十月七日以降昭和二十五年三月末日までに、合計金十五万円を超える賃料相当の損害金債権を取得したことが、算数上明かであるから、本件賃貸借の解約によつて被控訴人の被る損害額が、控訴人主張のように金十万円に過ぎないものとすれば、控訴人は、被控訴人が前記解約権行使に関する特約を主張した昭和二十五年四月二十四日の原審口頭弁論期日において、右相殺を主張して被控訴人の控訴人に対する右損害賠償債権を消滅せしめえたものといわなければならない。しかるに控訴人は原審において(原審の最終口頭弁論期日は昭和二十六年二月二十一日である)はこれを提出せず、当審における同年九月三日の口頭弁論期日に、はじめて提出したものであるから、右抗弁は故意または重大な過失によつて時機に後れて提出せられた防禦方法というべきである。そして被控訴人はこれに対して即時にその認否をなしたのではあるが、その主張の損害額を証するためには新たな証拠の申出を必要とするものと認められ、本件訴訟の程度においては右抗弁は訴訟の完結を遅延せしめること明かであるから、控訴人の右抗弁はこれを却下すべきものとする。

さらに控訴人主張の、賃料延滞を理由とする契約解除の予備的請求原因の変更の当否について按ずるに、控訴人は被控訴人が本件賃貸借解約による賃料相当の損害金の延滞あることは、遅くも昭和二十五年四月二十四日の原審口頭弁論期日において主張したところであるから、もし右賃貸借にその主張のような契約解除についての特約があるとすれば、同期日において予備的に請求原因の変更をなしえたにかかわらず、原審においてはこれをなさず当審における前記昭和二十六年九月三日の口頭弁論期日にはじめてその申立をなしたものであつて、被控訴人はこれに対して即時にその認否をなしたけれども、右特約の存否等についてはなお新たな証拠の申出を必要とするものと認められ、本件訴訟の程度においては右請求原因の変更はいちぢるしく訴訟手続を遅滞せしめることが明白であるから、これもまた許しえないものといわなければならない。

さすれば本件賃貸借契約が解除となつたことを前提とする控訴人の本訴請求は、その他の争点について判断をなすまでもなく、失当であるからこれを棄却すべきものとする。

第二、反訴請求について、

控訴人(第一審反訴被告)と被控訴人(第一審反訴原告)との間に、控訴人を賃貸人、被控訴人を賃借人として別紙第一及び第二目録記載の物件について賃貸借契約が成立し、その頃控訴人より被控訴人に右各物件の引渡のあつたこと及び右賃貸借契約が現に存続していることは、前段本訴の理由において説示したところによつて明かであり、その後控訴人が被控訴人主張のように右第二目録記載の物件中(三)の電動機三台を持去り、同第一目録記載の物件中(四)の電気室の被控訴人方への送電線を切断して、その電気室の扉に施錠したことは、当事者間に争がない。控訴人は右電動機三台については、被控訴人の承諾をえて持去つた旨主張するけれども、右主張に副うような原審並びに当審における控訴本人の供述(原審は第一、二回)は措信しがたく、他に右事実を認めるに足りる証拠なく、かえつて原審における被控訴本人の供述(第二回)によれば、被控訴人が控訴人に対しかかる承諾を与えたことのないことが認められるから、控訴人の右主張は理由がない。また控訴人は、右電気室への送電線の切断及び扉の施錠は、本件賃貸借契約が解除となつたばかりでなく、被控訴人はその電気料の支払もしないことでもあり、かつは盗難の惧もあるので、その予防のためにしたものである旨主張するけれども、右賃貸借契約が解除となつていないことは前説示のとおりであるばかりでなく、被控訴人が電気料の支払をしなかつたとしても、また盗難予防の必要があつたにしても、かような事実は賃貸中の物件について、賃貸人である控訴人自らが前述の措置をとることを、正当ならしめるものではないから、控訴人の右主張も理由がない。したがつて控訴人は賃借人である被控訴人に対し右電動機三台及び電気室を引渡す義務のあるこというまでもない。

さすれば被控訴人が控訴人に対し右物件の引渡を求める反訴請求は正当であるからこれを認容すべきものとする。

よつて本件の本訴及び反訴について、右と同趣旨に出でた原判決は相当であつて、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤直一 菅野次郎 坂本謁夫)

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